ペット業界の新しいカタチ
ネスレ ピュリナペットケア 大谷謙介 × ペットのおうち®︎ 内海友貴
取材・文 スタジオダンク
命を扱うペット業界はボランティアで成り立っている
ネスレ ピュリナペットケア(以下ピュリナ)は2017年より7年間、 ペットのおうち®️ のスポンサーを務められていますが、両者の関係が始まった経緯をお伺いしたいです。
大谷 私はもともとネスレのコーヒー部門にいて、2016年にピュリナへ異動になりました。実際にペット業界に入ってみると、取引先の方からお話を伺ったり、保護団体やシェルターを訪ねたりする中で、解決の難しい課題が多くあることに気がつきました。
特にペット業界の仕組みの部分、そしてその仕組みによって必ず出てしまう余剰ペット(売れ残ってしまった犬猫、障害や病気を持って生まれた犬猫、繁殖引退をした犬猫)のお世話は、ほとんどボランティアによって担われているということが衝撃的で、企業としてペット業界を支えたいという思いに繋がりました。
同時にその頃から、今後、企業が社会に対して何ができるかを問われる時代が必ず来ると考え始めていました。つまり、消費者が製品を買う基準のひとつに「企業がどんな社会貢献をしてきたのか」を置く未来が当たり前になるということです。
スポンサーにならせていただいたタイミングは、そういった考えのもと、ペット業界の課題を解決する方法を模索していた時に、共通の取引先を通じて内海さんに出会ったことです。お話しさせてもらっている中で、しっかりとペット業界の未来を見据えていらっしゃる ペットのおうち®️ となら、長期的な課題に取り組むためのパートナーになれると思いました。
内海 寄付などの形でペットの保護活動を支援する会社はたくさんありますが、ピュリナという会社には自社のミッションとして保護活動に取り組んでいくという強い意志を感じました。
お金では測れない価値を仕事に見出せるか
ペット業界への問題意識という点で共鳴されたわけですね。大谷社長は内海社長に対してどのような印象を抱かれましたか。
大谷 少し怖かったかもしれません(笑)。業界のさまざまな問題を把握した上でやりたいことが明確に決まっている方だからこそ、ピュリナという企業が短期的な広告活動として保護活動に関わっているような会社か、それとも本当に志を共有できる会社なのかを見極められていることが伝わってきましたから。
内海 怖くないですよ(笑)。 ペットのおうち®️ 自体、メディアとしてみれば大きなアクセス数を持っていますので、動物愛護を支援したいという建前で、本音ではマーケティングの観点からお声がけ頂くことも多いわけです。そのような企業がスポンサーになってしまうと、スポンサーの利害関係に気を使い、メディアとしての価値を最優先して運営していかなければならなくなってしまいます。しかし ペットのおうち®️ は、健全な里親文化を守るためであれば、アクセスが激減してメディアとしての価値を失うような判断を躊躇なく決断しながらここまで運営してきました。ですから、スポンサーになりたいと手を上げてくださる企業の意図や、描いている未来に大きな違いがないかどうかは、ちゃんと見極める必要があるんです(笑)。
確かにスポンサーと聞くと、広告活動の側面をイメージしてしまいます。 ペットのおうち®️ のスポンサーになる=ペットフードの売上UPという考え方ではないのでしょうか?
大谷 ペットのおうち®️ のスポンサーを務めていることは、ペット業界が健全に発展するという長期的な目標のための行動であって、売り上げの上下に影響されるものではありません。今後10年を見据えた時、売上を伸ばすことだけに注力するのではなく、課題解決にも根本的に取り組んでこそ、企業として成功を掴めると考えています。
内海 規模はピュリナと比較になりませんが、同じく弊社内でも ペットのおうち®️ は、目先の売り上げが下がったからといって、「じゃあ止めてしまおう」というような事業ではありません。むしろ運営資金が足りなければ他の事業に注力して資金繰りをしてきました(笑)。
仕事はお金を稼ぐ手段という側面もある中で、売り上げに捉われない軸を持ち続けられるのはなぜでしょうか。
内海 軸を持ち続けようと意識しているわけではないかもしれません。 ペットのおうち®️ を始める前から、10年以上B to Bの世界で仕事をして、ありがたいことに結果も出してきましたが、社会的に何かが残るものではありませんでした。そう気づいてからは、自分たちの得意なことや技術をどう社会に還元するかということがいちばんのモチベーションになりました。その結果、弊社は ペットのおうち®️ を含め、成功すれば社会を良い方向に変革できる事業で構成されています。ですから、幸いなことに今月の売り上げを作るためのタスクと社会貢献という長期的目標が相反するものではなく、同じレール上に存在しています。
大谷 最初にやるべきことでみんなが忘れがちなことが、10年後に自分は、企業は、どうなっていたいかを考えることです。未来のあるべき姿が先にあって、そこに向かうために日々の業務があるということです。もちろん若い時は明日の営業どうしようという悩みばかりだった時もありましたよ(笑)。でもネスレという、将来向かっていく先を重要視する企業で働くうちに、未来を考えなければ成功はないと体験を通して学んで、それが思考の土台になっていきました。
仕事において未来の社会を良くしていくことをゴールと考えるお二人が出会ったら、タッグを組むことは必然だったのかもしれませんね。ではお互いの存在についてはどのように考えていますか。
内海 大谷さんが常にフラットに、ぶれずにいる姿勢に感銘を受けています。
ペット関連事業は業種業態を問わず、声を発せないペットに負荷をかければ簡単にお金を生み、逆にペットの環境を良くすれば収益性が悪化し、モラルの低い競合に太刀打ちできなくなるという性質があります。もっと言えば、収益が最重要視されるビジネスにおいて、ペット関連事業は常に闇と隣り合わせと言っても過言ではない。ですから、動物愛護とペット産業の両方を見渡たすと、あれは許せない、これは良くないという負の感情に縛られてしまいがちになります。正直、人間がペットを飼育すること自体を恐ろしく思えてくる日すらあります。
でも大谷さんは常に安定して「人間とペットの共生文化はかけがえのない大切なもの」「批判するよりも、今やるべきことをやる」「必ず正しいものが選ばれる」というスタンスで、かっこいいわけです。このスタンスに立ち戻りたいときには特に、お会いしたくなります。それから、何か大きなアクションを起こしたいと思った時に、大谷さんにまだ相談していないけれども、大谷さんなら共感してくださるだろうという確信を持って進めている。そんな存在です(笑)。
大谷 私は内海さんに会う時は結構な緊張感を持っていますけどね(笑)。直接会えるのは年に数回ではありますが、内海さんはとても広い視野を持っておられる方なので、ペットに関する知らなかった背景などを聞けて勉強になりますし、インスピレーションを受けます。さまざまなお話を聞きながら、意義がありそうなこと、ピュリナが貢献できそうなことについて意見交換をする貴重な機会です。
猫が太鼓判を押すキャットフード
そんなピュリナのキャットフードは国内シェアを伸ばしていますが、味の好みが激しい猫に対し、どのように美味しさを研究されているんでしょうか?
大谷 製品開発に動物行動学を取り入れています。開発した製品を猫に食べてもらって、この動作をしたら「美味しい」「美味しくない」、この食べ方をしたら「食べやすい」「食べにくい」を動物行動学者が判断しているんです。
そうした研究を経て開発されたキャットフードの強みはなんでしょう?
大谷 美味しさ、栄養、健康の3つが揃っていることです。フードは、食べることで栄養を摂ってもらい、健康になってもらうことが目標ですが、その大前提として美味しくある必要があります。食べなければ栄養は取れないですからね。
内海 キャットフードに限らずペットフードを選ぶとき、価格が高い方が良いんじゃないか、オーガニックが良いんじゃないかなど、商品がありすぎて迷ってしまうことがありますよね。大谷さんとしてはどのように考えられているのでしょうか。
大谷 人間に置き換えて考えてみると分かりやすいと思います。高級レストランを好む人、オーガニックな食品を好む人もいればそうでない人もいますよね。それってもう各自の価値観の話になってしまうんです。犬猫も同じだと思います。だからピュリナとしては得意なところ、それは科学的な知見に基づいた美味しくて栄養バランスの取れたフードなわけですが、そこを作っていけば良いと思っています。賛同してくださる方はぜひ手に取っていただきたいですし、違う特徴を求められる方がいらっしゃることも当然だろうというスタンスです。
内海 なるほど。大規模な研究施設で日々行われている臨床試験や栄養学をもとに、品質コントロールが行われていると伺っています。科学に裏付けされた明確なアプローチと、その領域で正しいものを製造しているという自負が、皆さんから伝わってくる自信になっているんですね。
ボランティアを支えるためのボランティア
ピュリナが企業活動の信条とされている「人とペットが共に生きることがより良い社会につながる」という言葉にはどのような意味が込められているのでしょうか。
大谷 ペットが身近にいることで人間が幸せになることはよく知られていますよね。ペット自身から癒しをもらうのはもちろん、犬だったらお散歩で出会う人との繋がりができて、そこでの会話が楽しみになることとか。でも実はペット側も人間と一緒にいることで幸せを感じているんです。研究による科学的な根拠もありますよ(笑)。だから人とペットが共に生きることの良さを感じる人が増えてほしいという思いがあります。
内海 PS保険の米満さんとの対談でも同じ話題になりましたが、ペットを飼うという素晴らしい文化をもっと広げたいですね。自分の経験でも動物と暮らすことで人生が変わるような学びがいくつもありました。
大谷 小さい頃から犬猫と触れ合う機会があれば、ペットを飼うことの幸せを自然と感じてくれる人が増えると考えています。
私の場合でいうと、母が「子どもより犬が好き」と公言する家庭で犬に囲まれて育ちまして(笑)。アメリカに住んでいた子ども時代には、毎年ご近所さんが旅行に行く間、彼らの犬を預かってお小遣いをもらったりもしていました。だからペットと過ごす時間の素晴らしさや、亡くなる時の悲しみは身にしみて感じていたんですね。
しかし今は昔と比べて、子どもの頃に自然と犬猫と触れ合う機会が減っています。ですからピュリナの活動として、「ともにくらす PURINA わんにゃん教室 the VR」があります。子どもたちにペットと暮らす豊かさや責任を楽しみながら学んでもらうために、犬猫の可愛さはもちろんのこと、触れ合う時のマナーやルール、小さな命の尊さについてVR(バーチャル・リアリティ)や講師のレクチャーで伝える活動です。
利益目的でない、動物と触れ合える活動があるのはとても良いことですね。そういった教育活動以外にも、各地の行政や保護団体と協力し合い、保護猫のマッチングをバスの中で行う移動式保護猫譲渡会「ネコのバス」の運営や、保護団体を巣立った元保護犬、ご家族、保護団体が集まる同窓会「Homecoming Park」なども行われていますよね。
大谷 そうですね。先ほども申し上げた通り、現状のペット業界の仕組みの犠牲となってしまっている犬猫をケアしてくださっている方の多くはボランティアです。だからこそ少しでも彼らにとってプラスになることをしたいという思いからこの2つの活動はスタートしました。
「Homecoming Park」で言うと、保護犬猫が里親とマッチングした後に、幸せに暮らしていることが大事ですよね。ボランティアも親のような気持ちでお世話していた犬猫ですから、送り出した後が気になるのは当然で、同窓会のような場があればまた会うことができます。しかし実のところボランティアは日々の活動に精一杯で、同窓会を開けるようなリソースがないことがほとんどです。そこでピュリナが会場を提供することで、両者の交流を後押しできればと思っています。
ただし、これらの活動において、ピュリナ側の社員もボランティアで仕事をしてくれています。だから今は末長く続けられる範囲に絞った活動となっていますが、もっと多くの企業を巻き込んで、活動の輪を広げていくことが理想です。
社内ボランティアで開催されているんですね。なかなか大変な気もしますが、大谷さんの強い思いに社員の皆さんがついていけないなんてことはないのでしょうか?
大谷 逆ですね(笑)。社会貢献が仕事の軸になっている社員の思いに私が引っ張られていると感じます。逆に日々の売り上げを作ることが得意な社員もいますし、多様な社員に支えられて、突き動かされているのだと言えます。
内海 ピュリナの皆さんと話していると、動物愛護団体の方と話しているような錯覚に陥るのはそういうことだったんですね(笑)。
ペット業界の進むべき道
最後に、お二人はこれまでとても良い関係性を築かれてきたわけですが、今後ペット業界に対して、協力してこんなことができたらなどのイメージがありましたらお聞かせください。
大谷 これまでは保護犬、保護猫がいるという選択肢をたくさんの人に知ってもらうことに注力してきました。実際その認知は多くの人に広まりましたが、ペット業界にはまだまだたくさんの問題があります。それを解決していくためにピュリナができることは、やはりフードを使ってサポートをすることではないかと思います。保護団体にフードを提供することで彼らの負担をもっと減らしていくこと、それを ペットのおうち®️ と一緒に行うことで、より信頼を得てサポートを広めていくことができます。そうした具体的な解決策を実行することに取り組んでいきたいです。
個人的にペット業界特有の風潮として感じるのが、どうしても命に関わる問題なので、感情的に、まるかバツか、ゼロか百かで、敵味方別れてお互いの批判に終始してしまいがちだということです。でもこれからはお互いにダメを言い合うのではなくて、昨日より今日が、今日より明日が少しずつ良くなっていくために、みんなでどう進んでいくかを話し合っていく姿勢が本当に大切であると考えています。
内海 懐深く、目指すべきところに向かっていくという建設的な思考は、私もとても大切だと思います。否定するよりもこんな風に変わりましょうという提案にエネルギーを使った方がはるかにいいですね。
ピュリナと ペットのおうち®️ が協力して行う取り組みは、いくつか同時進行しています。その一つは、大谷さんのお話の通りペット業界はボランティアの尽力と里親の善意によって支えられているわけですが、これを変えて行く取り組みです。
ボランティアや里親に問題を押し付けながら、問題を直視することなく、利益を得ているペット業界の構造に変革が必要であることは言うまでもありませんが、ペットの飼い主一人一人も保護団体の活動を支えていくことでより変化を加速させたいと考えています。ペットを飼育できなくなって保護団体のお世話になる事態は自分にも起こり得るという想定や、繁殖や販売を通じて自分のところに希望の犬猫が来るまでの過程で必ず余剰ペットが生じているという知識さえあれば、ショップやブリーダーで購入したすべての飼い主が当事者意識を持たざるをえないと思います。
そこで、 ペットのおうち®️ はピュリナをはじめとする公式スポンサー各社様にもご賛同いただき、「保護が長期化している」「ハンデがあり里親探しが困難」「医療支援を必要としている」といった保護犬・保護猫を支援し、保護団体の負担を減らすとともに、早期の里親決定を目指すクラウドファンディングプログラム「ウェルカムチャレンジ」を開始します。これはピュリナと6年に渡って取り組みを続け、保護犬・保護猫に5トンを超えるペットフード支援を行ってきた「おすそ分けプロジェクト」を拡張した取り組みです。多くの企業・飼い主の皆様が支援に参加できるよう、基金管理を行うNPOも新設しました。
また、ピュリナの皆様や有志のブリーダーの方々と一緒に余剰ペットを無くすための、理想的なブリーディングやペットの販売方法に関する議論も深めており、近く、新たな取り組みを皆様にご報告できるよう、準備を進めています。
大谷社長をはじめとするピュリナの方々の、ペット業界の課題に対して長期的、根本的に取り組んでいくという強い意志が伝わってきた対談でした。 ペットのおうち®️ とピュリナが繋いだ輪が多くの企業や個人を巻き込んで広がっていけば、人とペットが幸せに共生する社会を実現できるのではないでしょうか。
取材・文 スタジオダンク