私たちが最後の飼い主になると決めた
Qを迎えられた山田さん
取材・文 金子志緒 撮影 尾崎たまき

左から太郎さん、花子さん、葵さん(いずれも仮名)、中央は愛犬のQ(オス・8歳)
入院があと2、3日遅かったら助からなかった

ご家族全員が「保護犬を迎えたい」と思っていたそうですね。
太郎さん 20年近く保護活動をしていた母を見ていたので、いつか自分も保護犬の里親になろうと思っていました。長女が中学生になってしばらくしてから、ペット可物件への引っ越しを見据え、里親募集サイトや譲渡会で探し始めたわけです。
花子さん 私も夫の実家で犬たちに会ったことがあるので、最初から保護犬しか頭になかったですね。大型犬に憧れていましたが、マンションなので中型犬以下が希望でした。
葵さん 初めて触った動物がおばあちゃんの家で預かっていた犬なので、引き取り手のない保護犬がいいかなと思いました。
多くの保護犬の中から、Qの引き取りを決めた理由を教えていただけますか?
太郎さん 毎日のように ペットのおうち®︎ を見ていたとき、無愛想な顔のイングリッシュ・コッカー・スパニエルがいたんですよ。
花子さん 夫から送られてきたQの写真を見たときにはびっくりしました。それまで候補になっていた元気はつらつな犬とは違いすぎて、なんだか哀愁が漂っている(笑)。
太郎さん 「こいつ、大丈夫か?」と目が離せなくなって。まずは会ってみようと2人で面会に行って来ました。

想定とは違ったけれど、全員の意見が一致してトライアルになったんですね。
太郎さん 実は引っ越した翌日に急いでQを迎えに行きました。面会したときに痩せている姿を見て心配で仕方がなかったから。保護主さんにこれまでの経緯を聞いたら、Qにとってはうちが4番目の飼い主だったんですよ。1番目が6歳までいた繁殖場、2番目が譲渡サイト経由で引き取った元飼い主、3番目が元飼い主から引き取った保護主さん、4番目が私たち。
花子さん しかも下痢が止まらないし、フラフラしているという話でした。病気じゃないかと心配した夫が、早く動物病院に連れて行きたいと言ったんです。

生い立ちを知ると、早く迎えに行きたくなるお気持ちがわかります。
太郎さん Qの経歴に書かれていた動物病院に問い合わせたら、先生が診察したことを覚えていたんですよ。さっそく連れて行くと、あまりにも痩せているので驚かれました。1年前は12kgあったのに、そのときは7kgしかなかった。私が無愛想な顔だと思ったのは、痩せたのと脱水症状のせいで目がくぼんでいたからだったんです。
花子さん 先生が電話で大学病院の予約を取ってくれたので、そのまますぐ向かいました。検査をしてもらったら、「胃腸炎の脱水症状が脳まで達しているので、すぐ入院して点滴治療をしないと危ない」と言われて。
太郎さん 2、3日遅れていたら助からなかったそうです。トライアル中でしたが、私が費用を負担するからすぐ治療してほしいと伝えました。

入院したQのお見舞いへ(画像提供:山田さん)
太郎さんの決断が早かったおかげで、Qの命が助かりましたね。
太郎さん 家族は犬と暮らすのを楽しみにしていたのに、連れ帰った翌日に即入院ですからね。しかも拡張型心筋症やフィラリア症とも診断されて......。
花子さん 夫は気にしていますけど、Qに会った瞬間、かわいくてかわいくて。入院したことを保護主さんに伝えたら、申し訳ないので戻してもらっても構わないと言われましたが、私も娘も迎えた日からうちの犬だと思っていたから。
葵さん 入院しているQが心配で、ママと一緒に毎日、自転車で1時間かけてお見舞いに行きました。
花子さん 退院してからはごはんを食べられるように。脱水症状と歯周病で食事ができなくて痩せてしまっていたようです。動物病院の先生からは、相当劣悪な環境にいたのだろうと言われました。
「動物はかわいいだけじゃない」噛まれて学んだ距離感

穏やかな暮らしが続くと思っていたら、Qが葵さんを噛んでしまったと聞きました。
葵さん 迎えてから1か月くらい経ったとき、Qにいつものように顔をくっつけたらいきなり噛まれて......。
太郎さん ちょうど私がいたのでQを落ち着かせられたんですね。それまでは吠えたこともなくおとなしかったので驚きました。
葵さん Qのことがちょっと怖くなったけど、触れ合えるようになったから大丈夫かなと思っていたんです。でも2週間くらい経って一緒に写真を撮りたくて近づいたときに、また顔を噛まれてしまいました。
花子さん Qが豹変して娘に襲いかかったので、私が必死で抑えました。娘は泣きながら「Qはしゃべれないから、私が近づきすぎたのが嫌だって言いたくて噛んだだけだから。Qを怒らないで、嫌いにならないで」と言うんですよね。でも2回とも救急病院に行くようなけがだったので、一旦距離を置いたほうがいいと思いました。

葵さんは大変でしたが、Qを大切に思っていることがよくわかります。
太郎さん 私の母と姉に連絡してQを預けました。大学病院が紹介してくれた動物行動学の先生には、「Qはたらい回しにされてたどり着いたわが家や、やさしくしてくれる存在の妻を手放したくないという思いで、娘に嫉妬心や恐怖心があるのだろう」と言われました。
花子さん 夫は責任を感じていたと思うんですよ。自分が引き取りを決めた犬が娘を噛んでしまって。義姉がQを引き取ると言ってくれたので、私から娘にどうするか聞いてみたんです。
葵さん Qはいろいろなうちを行ったり来たりして、パパの実家も合わせたら5回目になってしまう。また捨てられちゃうのかなってQが思ったら嫌だし、絶対にそんな思いはさせたくなかったんです。私を含めて人間を怖いと思ってほしくないし、手放したくないって言いました。
花子さん それを街中で号泣しながら訴えるんです。もしQを連れ帰るなら、君ががんばらないといけないと話しました。先生やドッグトレーナーさんの指導のとおりできるかどうか聞いたら、「できる」と言い張るんですよ(笑)。

それからQと家族になるためのトレーニングを始めたんですね。
葵さん 最初はQをサークルに入れた状態で私が部屋に入って、サークルの中におやつを入れて、吠えられないように通りすぎる練習からでした。手からおやつをあげられるようになったし、吠えられなくなってきてうれしいです。
太郎さん Qを落ち着かせるトレーニングは私が担当して、ハウスの指示やノーズワークを教えています。私も子どものころ犬に噛まれたことがあるし、人と犬の距離感や、思いが通じる部分と通じない部分を理解しています。娘も同じように学びながら、Qと家族に戻れると期待しているんですよ。
花子さん 動物はかわいいだけじゃない。言葉をしゃべれない動物と関わるのがどういうことか、娘は実感できたんじゃないかなと思っています。Qにとって私たちが最後の飼い主になるという思いです。
困難を乗り越えて少しずつ家族になっていく

今はQという素敵な名前をつけられ、家族に囲まれて幸せだと思います。
花子さん 私と夫が好きな「007」からQと名づけて、「おまえはQだからね、もう大丈夫だよ」と言い聞かせました。これまでのつらいことは、過去の名前と共に全部忘れてほしいと思いましたよ。名前を呼ぶたびにおやつをあげて、何度も繰り返して教えたんです。
太郎さん 犬種にちなんでイギリスゆかりの名前に。ジェームズ・ボンドというキャラじゃなかったから、彼の相棒のQにしました。
葵さん 今も無愛想なのは変わらないけど、Qって呼ぶと笑っているときがあって、どんどんかわいくなっています。
日常生活の中でもうれしい変化はありましたか?
太郎さん 散歩に行けるようになったこと。最初は全然歩かなかったんですよ。抱っこで外に連れ出して、「命の恩人が頼んでいるんだから、ちょっとくらい歩いてくれよ」と説得して(笑)。妻と2人で行けるときには私がリードを持ち、妻が前でおやつを見せながら歩くようにうながしていました。1か月くらい経ったころから少しずつ歩けるようになって、今は朝晩1時間の散歩に行っています。
花子さん 階段の上り下りもできるようになって。狭いケージにいたせいで今も膝はあまり曲がらないけど、筋力はついてきたんですよ。

「これができたらもっとうれしい」ということがあれば教えてください。
太郎さん 一緒に寝てくれるようになったらうれしいですね。Qと距離を縮めたくて、夜中にこっそりおやつをあげていたら妻に驚かれました(笑)。
花子さん 近くに人がいる状況になかなか慣れないみたいです。日中もひとりで寝ているし。でもかまってほしくなる瞬間があるみたいで、フンフンと変な声を出しながら、なでてと甘えにきますよ。
葵さん みんなでQとおそろいの洋服を着て散歩してみたい。最初はパパが自分だけ買って自慢してきたんですよ。めっちゃずるいと思いました。私は買ってもらったから、あとはママの分があるとそろいます(笑)。

みなさんの経験を踏まえて、これから里親になる方に伝えたいことは?
花子さん 当たり前だけれど、命を大切にするということですよね。Qを絶対悲しませたくないと言った娘は、里親になる意味をよくわかっていると思いました。片思いなんですが、「Qが一番かわいい」といつも言っています。
太郎さん 動物の譲渡はもっと盛んになったほうがいいし、特に犬を迎えたら幼稚園やトレーニングに通うことが当たり前になってほしい。飼い主は責任者であるという自覚を持っているみなさんと協力して、動物がより良い環境で育つにはどうすればいいのか考えていきたいですね。
取材・文 金子志緒 撮影 尾崎たまき