「幸せをありがとう」と伝えたいのは私たち
すずを迎えられたTさん
取材・文 金子志緒 撮影 尾崎たまき

左からすず(メス・9歳)、Tさん
ずっと決めていた「最初の愛犬と同じ保護犬を迎える」

犬を迎えようと思ったきっかけから教えていただけますか?
Tさん 私もパートナーのSも犬好きなので、いつか犬を迎えようと話し合っていました。私が実家で飼っていた愛犬・フロリアンヌがハワイの保護施設出身なんです。日本に連れ帰ってきた元飼い主さんの事情で、わが家が引き取ったチワワ系ミックスの子でした。
フロリアンヌのルーツを知って海外の動物保護に興味を持ち、社会人になってからイギリスやドイツ、スウェーデン、ハワイの保護施設を見学したこともあります。規模の大きさやボランティアの倍率に驚きました。日本では個人や小規模の団体の方が人手や寄付が不足する中でがんばっていらっしゃるのに......。犬を迎えるとしたら保護犬という選択肢しかなかったですね。
最初の愛犬がすずとの縁をつないでくれたわけですね。
Tさん 犬種にこだわりはなかったものの、初めて犬を迎えるSと、初めて自分の責任で世話をする私というペアなら、私が接し方をわかっているチワワが安心かなと思ったんです。カップルでも迎えられる犬を ペットのおうち® で探して、出会ったのがすずでした。
お見合いのときに私が抱っこさせてもらっても、すぐに預かりボランティアさんのほうへ戻ってしまうくらい怖がり。繁殖を引退する5歳まで社会化の機会がない環境で育ったそうです。でも実際に会うとかわいくて、保護団体の方が私たちとすずの相性を見てくれてトライアルが決まりました。

ご自身の責任で初めて犬を迎えるとはいえ、きっとTさんの経験も考慮されたと思います。
Tさん 当たり前ですが、思ったとおりにはいかないこともあります。フロリアンヌはフレンドリーでしたが、すずはすごく怖がりなんです。家に来たばかりのころは、私たちが抱っこしただけで脱糞や失禁してしまうほどでした。
それにサークルから出てこないし、見ているところではごはんも食べない。保護団体の方から食いしん坊だと聞いていたので、サークルでおやつをあげながら、私が一歩ずつ下がって出てくるように誘導しました。抱っこできるようになるまでには10日間近くかかりましたが、すずが食いしん坊でよかったです(笑)。
トライアルでご家族に慣れるまでスムーズに進んだんですね!
Tさん ところが、彼とすずの信頼関係ができるまでが大変でした。トライアルの後半に出張で不在になったらすずの記憶がリセットされてしまったらしく、彼は帰宅時にワンワン吠えられてショックを受けていました。私とすずで生活の基盤ができてしまったのかもしれません。

そこからSさんはどのように信頼関係を築いていったのでしょうか?
Tさん 犬との暮らしは家族全員の協力が不可欠なので、帰宅した翌日から慣れる練習も兼ねてすずと散歩に行ってもらいました。預かりボランティアさんがトレーニングしてくれていたので、屋外は怖がらないんです。しばらくは「すずが歩いてくれない」と嘆いていましたが、3週間近くかかって警戒が解けてから、朝になると彼を起こしにいくほど慣れました。
今ではSが朝の散歩やシャンプーの担当です。迎えてからもうすぐ4年になるけれど、いまだに彼には態度が厳しい。すずと信頼関係を築くのに苦労していたから、今日の取材に同席できたら話したいことがたくさんあったかもしれません(笑)。
愛犬と一緒にドッグヨガのインストラクターに!

すずを迎えてから生活にどのような変化がありましたか?
Tさん 一番大きい出来事は、ドッグヨガとの出会いです。日本ドッグヨーガ普及協会のインストラクターになりました。一緒に学んだすずもインストラクター犬に認定されたんですよ(笑)。「すずヨガ」という教室を定期的に開催しています。
ドッグヨガは犬との絆を深めることが目的なので、体が硬い方やヨガ未経験者の方でも気軽に足を運んでほしいですね。いつか保護活動のチャリティーイベントで、すずと一緒にレッスンを開くのが私の夢です。

Tさんがお気に入りの真珠貝のポーズ。人が二枚貝になり、犬を真珠のように抱える
生活どころか人生が大きく変わりましたね!
Tさん すずと一緒に楽しめることを見つけたと思いました。最初は「5歳からでも社会化は遅くないので、たくさんの人や犬に会って慣れてもらおう」と思ったんですよ。でもドッグランやオフ会に行っても、すぐ帰ろうとするんですよね。怖いというか興味がないというか......。
そんなときに偶然ドッグヨガを知ったんです。犬と一緒にヨガができるんだと思ってすずを連れて行ってみたら、徐々に落ち着いていったので、呼吸で心身を落ち着かせるヨガが向いているのかなと思いました。
ふたりでインストラクターになるほどドッグヨガに魅力を感じたわけですね。
Tさん 資格を取れたら、すずと一緒にできることが増えるじゃないですか。すずがドッグラン好きだったらドッグヨガに出会っていませんね(笑)。人に何かを教えたことがない私がドッグヨガのレッスンをするなんて、本当に犬のおかげで人生が変わったなと思いました。
すずのような保護犬の可能性を知ってもらいたい気持ちもあります。レッスンに通っているうちに人や犬がいても怖がらなくなりました。インストラクター犬になってからは、レッスンになるとスイッチが入るみたいで、生徒を見渡して自分も一緒に指導している感じを出しますね(笑)。

趣味の旅行にはすずも連れて行かれるようになりましたか?
Tさん 実は犬を迎えたらあまりお出かけできなくなるかなと思っていました。でも今は犬連れで楽しめる観光地がたくさんあるんですね。すずと一緒に軽井沢や函館をのんびり歩いて、レストランでは抱っこで食事して、彼と二人だけのときよりずっと楽しんでいます。
「愛犬は怖がりだから仕方がない」とあきらめている方に伝えたいエピソードですね。
Tさん 犬好きの母や姉、友達から「すずが懐いてくれなくて寂しい」と言われることもあって、すずの短所が目についてしまう時期もあったんです。でも他の飼い主さんと知り合ってから「すずは電車やカフェでもおとなしいね」とほめられる機会が増えて、私が気づいていない長所があったんだとうれしくなりました。誰かに教わっただけでもないのにすごいですよね。すずの長所を生かして積極的にお出かけしています。
預かりの方から受け継いだ「すず預かり日記」は宝物

Tさんに譲渡されるまでを記録した、すずの預かり日記があるそうですね。
Tさん 譲渡の際に預かりボランティアさんから「すず預かり日記」をいただいたんですよ。すずとの出来事や健康チェックが一日も欠かさず記録されているノートは私の宝物です。すずを迎えてからその内容にどれほど助けられたことか。
最後のページには「新しい里親さんと本当の家族になったとき、再会できるといいな。楽しみにしているね。すず、ありがとう」と書かれていて、泣きそうになりました。このノートをいただいて、私たちがすずの里親になった責任と、預かりボランティアさんの深い愛情を感じました。
素晴らしい日記ですね。預かりボランティアさんとは再会できたのでしょうか?
Tさん すずの譲渡から3か月後、私たちに慣れたころにお会いできました。すずは預かりボランティアさんに駆け寄っていくだろうと思ったし、お相手も期待していたと思うんですよ。でもすずは「ふーん」みたいな感じで、感動の再会になりませんでした(笑)。
すずはTさんとSさんを本当のご家族だと思っているんですね。
Tさん なんだか私のほうが申し訳ない気持ちになりました。保護団体の方も預かりボランティアさんもやさしい方々で、今でもすずの食事や健康の相談をしています。譲渡後も長くお付き合いできる保護団体は安心ですね。
これから保護動物を迎える方にアドバイスをするとしたら?
Tさん 実はSから伝言を預かっています。「自分がすずに懐いてもらうためにどうすればいいのか悩んだけれど、犬の気持ちになって辛抱強く待ってあげてほしいです。そうすれば必ず愛情を返してくれます」とのことです。
彼はせっかちな人なので、すずに懐いてほしくて必死に距離を詰めようとして、逆に怖がられてしまったんですよね。すずのペースに合わせて待つべきだったと反省していたので、自分と同じことをしないように伝えたいんだと思います。

ご自身の体験談をもとにしたエピソードは参考になると思います。
Tさん すずのことを保護犬だと知った方は、「いい飼い主さんに出会ったね」「幸せになれてよかったね」と言ってくださるんです。でも、すずに幸せにしてもらっているのは私たちのほうだと思っています。
中にはペットショップから動物を迎えたことを申し訳なさそうに言う方もいますが、その子たちだって救われるべき命で、後ろめたく思う必要はありません。ただ、保護犬という選択肢がもっと広まったらいいですね。
取材・文 金子志緒 撮影 尾崎たまき