耳が聞こえなくても、かわいさに変わりはないから
桔平を迎えられたHさん
取材・文 金子志緒 撮影 石原さくら

左からSOTOniさん、桔平(オス・7歳)、一樹さん
聴覚障害の猫を育てる不安が、家族の言葉で吹き飛んだ

桔平は耳が不自由と聞きましたが、呼びかけにもしっかり応えてくれますね。
SOTOniさん 名前を呼ぶとすぐ来るし、話しかけるとちゃんと目を見るんです。耳が聞こえていないのが不思議なくらいで、私たちの声は届いていると思います。きっと立派なひげや大きい耳で振動をキャッチしているのかな。ただ、よくキョロキョロするところがやっぱり健常の猫と違う。耳の代わりに目で確認したいのかもしれませんね。
一樹さん 今はほとんど治っているけれど、子猫のころは斜頸の症状もあったんだよね。
SOTOniさん 首が少し傾いてグルグルと回ってしまう状態でした。でも天真爛漫な桔平を見たら、斜頸はただの個性のように思えて、「譲渡をお願いします!」と即決。元気なら一緒に遊んであげれば楽しく過ごせると思ったんです。そのときは耳の障害に誰も気づいていなかったから。

迎え入れてから違和感に気づくまでのことをうかがえますか?
一樹さん 当時は結婚前だったので僕の家に引き取って暮らし始めたんですが、1か月もしないうちに音に鈍感で変だなと思うようになったんです。
SOTOniさん 掃除機をかけているときに爆睡したり、耳元で指を鳴らしても起きなかったり......主人が先に気づいたんですよ。動物病院で混合ワクチンを接種するタイミングで先生に検査をお願いしたら、両耳がまったく聞こえていないとわかって。本当にショックでした。
私は生まれたときから猫に囲まれていたけれど、健常の猫しか知らなかったんです。考えてみたら、障害のある猫もいて当たり前なのに。桔平を育てられるのか不安で、保護主さんに相談してお返ししようかと心の中で迷いました。

突然のことに戸惑うのは当たり前ですよね。率直なお気持ちだと思います。
SOTOniさん でも主人が何げなく「耳が聞こえなくても、めっちゃかわいいね」と言ったんです。その言葉に考えを改めさせられました。そうか、桔平のかわいさに変わりはないんだ。そう思ったら一気に目が覚めたんです。
一樹さん 僕は桔平の障害を知っても特に気にならなくて。妻に ペットのおうち®︎ を見せられて、「猫を迎えるから」と言われたときのほうが驚きました(笑)。
特別な工夫をしなくても、安心して暮らせるわが家

桔平の里親になってから3か月後に、2匹目の猫を迎え入れたそうですね。
SOTOniさん 桔平が分離不安(愛着を感じる人と離れる不安)ぎみになって、私たちの姿が見えないと鳴き叫ぶようになってしまったんです。耳が聞こえない不安もあったと思う。そんなときに桔平の保護主さんから、「新たに保護した猫を迎えませんか?」とお誘いの連絡があったんです。ちょうどいいタイミングだと思って、トライアルをお願いしました。
一樹さん 留守番のときにかわいそうだったし、「1匹も2匹も変わらないよ」という妻の言葉に、それもそうだなと思ったんです。

左が小町(オス・7歳)
SOTOniさん 偶然にも桔平と毛柄が似ている長毛の猫でした。桔平は私たちとケージにいるその子の間を行き来して、安心させようとしているみたいでした。人慣れしていなくても、めっちゃかわいくて(笑)。桔平とは仲良くなれたので、正式に譲渡していただき、「小町」と名づけたんです。
2匹とも漢字で人の名前のようですが、由来を教えていただけますか?
一樹さん 日本らしい名前がいいかなと思って、実家がある秋田県の「あきたこまち」から取りました。僕が前に飼っていたデグーは与作、今飼っているヤギはひじきとむぅですから。
SOTOniさん 友人の猫の名前が「椎名」だったので、それならわが家は「桔平」にしようと(笑)。俳優の椎名桔平さんにあやかった名前ですね。

みんな素敵な名前ですね。猫たちと暮らすために工夫したことはありますか?
SOTOniさん 子猫のころに脳の障害かもしれないと診断されてから、留守にするときには友人とペットシッターさんに来てもらっていました。幸いにも元気に育ったので、今は不在中のお世話を頼むくらいですね。
一樹さん 僕たちの都合になってしまいますが、新居に引っ越した際にカーテンやソファを守りたくて、爪とぎ用のマットにマタタビを振りかけ、これが一番いいんだぞと教えたこと。あっさりと気に入ってくれて助かりました。

SOTOniさん 桔平は自分の話題が出るとわかるんです。今もダッシュでマットに来て爪とぎを始めたじゃないですか。自分のかっこいいところを見せたいんですよ(笑)。爪とぎの後は窓辺でそのまま外を眺めてくつろいでいますね。ついでに私が爪切りをします。
一樹さん 爪切りのときにはキッチンの排水口ネットがしっくりくるみたい。かぶせるとおとなしくなるんです。
SOTOniさん 障害があっても特別な工夫が必要だと思ったことはないかもしれませんね。
いつの間にか家族の橋渡しをしてくれる存在に変わった

7歳になっても天真爛漫なところは変わらないようですね。
SOTOniさん いつも主人とのプロレスを思い切り楽しんでいますね(笑)。桔平は抱っこが苦手なのにわざと主人に近づいて、捕まったら暴れ、逃げたと思ったらまた戻ってきて......をずっと繰り返しています。羽交い締めにされるのがやみつきみたいです。
体格がしっかりしているから、相手をするご主人が大変そうです。
一樹さん 桔平は体重が5.5kgもあるし、力もすごく強くて真剣な体力勝負(笑)。でもこんなに立派な牙を持っているのに、絶対にかまないんですよ。プロレスで体力を発散させておかないと夜鳴きが激しくなるから、桔平が疲れるまで遊びます。
SOTOniさん 昼の発散が足りないと、夜の大運動で「ウオオオー!」と雄叫びを上げるんです。自分の声のボリュームがわからないから、元気がよすぎる。逆に桔平は周りがどれだけうるさくても、ずっと眠れるのが特技です(笑)。
主人が忙しいときには、猫たちが取っ組み合って遊ぶこともあります。3か月くらい年下の桔平のほうが強いみたいです。

小町にとっては頼りがいのある"お兄ちゃん"なのかもしれませんね。
SOTOniさん 桔平のおかげで人慣れてしていない小町との距離が近づいてきたんです。実は1年半ほど前に小町が下痢をしてしまい、やむを得ずシャンプーをしたら心を閉ざしかけたことがありました。でも桔平は普段どおりに接していたんですよね。ウーッて威嚇されても聞こえないし、バシッと叩かれも全然めげないし(笑)。おかげで小町は少しずつ打ち解けられたんだと思います。
一樹さん 最近では小町は僕たちの足元を通りすぎるようになり、そのときにちょっとだけなでられるようになりました。
SOTOniさん これからもずっと一緒にいるんだから焦らなくてもいいかと思って。最初は桔平が心配で仕方がなかったけれど、いつの間にかみんなの橋渡しをしてくれる存在になりました。うちに来てくれて本当によかった。
これから保護動物を迎え入れようと考えている方にも、私たちと同じようにそのときのタイミングでぴったりの出会いがあると思います。もしかしたら想像していたような子とは違うかもしれません。「でも、めっちゃかわいい」と思う瞬間がきっとあるはずです。
取材・文 金子志緒 撮影 石原さくら