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前回の記事(Lost_Found 1)同様、この記事は、以前に迷い犬のサツキちゃん(何れ後述します)を探す目的で立ち上げていた私のHPから、多少の変更を加えて転載するものです。
アンデイ(写真2)の遭難: Szさんの宅地付近をテリトリーにしていたホンドジカのペアが、畑作物に被害を及ぼす度合いが次第に高まるので、この上、子どもを残されては電柵だけでは防ぎきれなくなると判断し、駆除すべく彼らのルートで待ち伏せる事にしました(2010/05/16)。
銃を使用できるのは日の出から日没までで、この朝は3時45分頃位置取りをしました。しかし空が白むまでには30分以上もあり、オスとメスで鳴き交わす声から判断して、30メートル以内に接近して来ているいると思われるのに、暗視望遠鏡でもオスの姿は木々に阻まれて確認出来ませんでした。
単独のハンターが行うシカ狩の「待ち伏せ法」は、房総丘陵では獲物との位置取りさえ上手く行けば容易に仕留める事が出来ます。とは言っても、風向き、日の出時刻と獲物との遭遇時刻は季節によっても変わりますし、いざ引き金を引く場合には矢先(銃の筒先をこう呼びます)と安土(”あずち”と読み、発射した銃弾が的(獲物)から外れた場合の、ヒトなどへの誤射を避ける為の遮蔽物)の再確認など、都合の良い条件が揃うのは稀です。勿論、好条件が整うことを念頭において、位置取りをするのですが、季節によっては急に風向きが変わって、こちらの匂いが彼らの方向に流れれば、最早彼らは射程距離内には接近しません。こんな場合は日を改めるしか最良策はありません。従って、結果が出るまで実に根気の要る方法です。ただ、こちらも相当「殺気」を発しているらしく、仕留められなくても彼らはこのルートを警戒する(今回は畑作物を守る点ではこれで十分です)と思い、安心していると一週間もしない内に新たなオスシカが出没し始めました。
これが、アンデイの遭難に繋がってしまいました(2010/05/22)。この日は定期的な罠の見回りの日でした。谷の下部に設置してあるNo.5など3箇所の罠の見回りを済ませ、一旦、Szさん宅で餌をバケツに補給して谷の上部の罠を見回りに出かけようと納屋の長屋門の外へ出たとたん、(信じ難いでしょうが)アンデイがリードのより戻し部分の金具をすっぽ抜かして物凄いダッシュで走り出し、これをダイちゃんが追って行きました。程なく、二段の角を持ったシカ(前回、この場所を徘徊していたのは三段の角を持っているオスとメスでしたので、新参者の若オスであろうと思います)が私とノナン(写真3)の眼前20メートルほどの空き地を右手から左方向へ駆け、これをアンデイとダイちゃんが吠えながら追い始めました。
一時はSzさん宅周辺で追うのを諦めると思ったのですが、あっという間に尾根を越えて柳城(やなしろ)の谷へ降りてしまいました。結局、ダイちゃんは翌朝帰宅したのですが、アンデイは3泊4日の一人旅をする羽目になり、私はデカンの遭難(Lost_and_Found 1参照)の時のように捜索活動を強いられる結果になりました。
早速、軽トラックで坂畑に下り柳城集落の外れに軽トラックを止めて、ノナンを連れて「ダイちゃん、アンデイー」と呼びながら沢を遡上してみましたが、何の反応もありませんでした。次に、国道410号の名殿交差点から少し北上して、小櫃川に合流する名殿の沢を、声かけをしながら遡上し、強引に藪漕ぎをしてジャックニクラウス・ゴルフ場に出ました。ここで、キャデイさんの一人が、出勤途中に名殿の交差点を、それらしい2頭のイヌが国道を北上していたのを見た、との情報を得ました。急ぎ名殿に戻って、国道410号を北上して、知り合いの上総松岡にあるガソリンスタンドに情報を得ようと立ち寄りましたが、2頭の足取りに繋がる情報はありませんでした。もしや車に跳ねられて路肩で死んでいるのでは無いかと、更に北上してみましたが、久留里の街に至っても、それらしい情報はありませんでした。
上総松岡の長い国道のトンネルを抜けて北上していない事が十分考えられるので、二日目からの捜索は、アンデイの足取りをつかむため、柳城に隣接する集落で聞き込みを中心に行いました。三日目には、Szさん夫妻も聞き込みをして下さいましたが、新たな目撃情報は全く出てきませんでした。四日目には、JR久留里線の亀山駅と久留里駅に写真入りの「迷い犬ポスター」を掲示させて貰いに奔走しました。何しろ、ポスターの掲示には駅員さんの一存では行えない内規あるとの事。この際、駅員さんが漏らした「こんな犬だったら隠匿しちゃうよ」にびっくりしたり、がっかりしていると、幸運にも16時頃、”アンデイらしい犬を保護”の電話連絡を受けた旨、家内から連絡がありました。
アンデイは4日目の朝、名殿の交差点から南西方向の、しかも国道410号から外れた村道で、更に長いトンネルを通らなければ行けない、君津市加名盛の民家へ出てきたところを保護されたのです。首輪のバックルに刻印してある我が家の電話番号に気づき、連絡して戴いたのです。それにしても、何故、一度も行った事のない場所へ突然出て行ったのか?
ひょっとすると、Szさん夫妻が「迷い犬を探していた」と言ううわさを聞いた、柳城周辺の集落の悪質な保護者が、係留していたアンデイを思い余って、係留場所とは無関係な離れた場所へ捨てたのではないか、という疑問が残りました。
兎にも角にも急遽、車を飛ばしてアンデイを引き取りに行き、この日の夕方には私の元へ無事戻ってきました。早速、獣医さんに診察してもらいましたが、幸い右後足に出来た傷が化膿しているだけで他には重篤な障害はありませんでした。
首輪に装着してあるアルミ片の電話番号の刻印に気づいて下さった保護者のOkさんに感謝すると共に、漸く覚えた「待て」を、Okさんから出勤前に命令されて、朝の8時から15時までOkさんの玄関先で実行していたアンデイの根気強さにも、親ばかですが感心してしまいました。
投稿にあたっての追伸:アンデイは当時1歳6ヶ月(写真1)のやんちゃ盛りでしたが、この一人旅は仔犬時代からの卒業旅行だったのではないかとも思っています。「獅子は我が仔を千尋の谷へ突き落とす」とか、また「かわいい子には旅をさせよ」の例えもあり、古人は、ヒトでも生きものとしての基本教育は変わらない、事を諭しているのではないか(?)、と当時は痛感したものです。