• 日常
  • 2019年03月15日 | view 152
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轢かれてますよ!(笑)

 昨日朝、ついに30年間ハンドルを握り続けたうちの車が旅立ちました。

 ベルクさんがつまらない原因で怪我しなければもしかしたらまだうちに居ることができたのでしょうが、よほど悔しかったのでしょうか。

 夜中に突然うちに帰って来てベルクさんの頭の上でドリフトを始めたらしいです(笑)

 きっとたまにうちに帰ってきて布団の上で我が物顔に寝ているベルクさんの頭を轢き続けるかもね。
 ふっふっふ、覚悟しいや(^^;;

 すっかり忘れてましたが3/15ってベルクさんがうちにやってきて4周年でした。
 記念日を飼い主に忘れられ、頭の上でPORSCHEがドリフトするベルクさん。つくずく不幸だわ(笑)

この投稿へのコメント16

  • ちびたの母さん

     知り合いがおおよそ30数年前、もちろんBMWに吸収されるまえのおそらくローバー時代のミニに乗っていたのですが、やはり英国製だけあってエンジントラブルや消耗部品の品質の悪さに起因するトラブルに悩まされてました。

     水冷ポルシェだって当時のトヨタから学んだ生産管理システム導入以前のものはとにかく部費の品質が悪く、毎回の車検ごとに全ての冷却系ゴムホース、タイベル、ブレーキパッドなどがすべて交換するように指定されてました。その部品代が当時25万円超。とても指定通りの交換なんか出来ませんでしたが、次回の車検直前にタイベルの駒がブチ切れてバルブが突き上げ、ラジエターホースがブチ切れて湯気が盛大に吹き上げるなど、トラブル続出で、年間10ヶ月から11ヶ月くらいしか稼働しなかったくらいです。電動フアンのサーモスタットもご丁寧に3万キロごとに動作しなくなり、最初は切れっぱなしになるのでラジエターから湯気が吹き出したものの、のちには通電しっぱなしになって、冷却には影響がないもののバッテリーの端子を外さないといつまでも回り続けるというように細かい構造の変更がつねに行われたことが感じられます。今だったら完全なリコール対象ですが(笑)

     今のドイツ車はどうか知りませんが、今の日本車は10万キロ以上走ろうがエンジンオイルやブレーキ系以外の消耗部品以外は交換する事もないでしょうからなんかその車の特性を理解して故障しないようにどう手をかけるのかというノウハウがいらなくなって、楽な反面つまらなくなりました。

     やっぱりスティードもドラッグスターも重かったですよね(笑)

     しかしまあ、いまの BMWミニは日本中に蔓延ってますがあの車体の大きさは何ですか?ミニじゃなくてミドルですね(笑)

    by
    じぇいかんさん
    じぇいかんさん 2019.03.18
  • 97年前後はミニブームと言っていいくらい溢れていたと思います。見た目と大きさが良くて、前々から乗りたいと思っていた人たちが壊れる不安がやや少なくなり、ATあり、エアコンや暖房、パワステ(日本のパワステとは違うけど)が付いた!というものでしたから、私でも乗れる!嬉しさで購入。
    でも、ATはやっぱり壊れてしまう、オイル漏れに悩まされて…手放す人も。
    私は手がかかる分愛着が湧きましたし、都内で駐車場を探す時にはおじさんがニコニコして駐車場ではない場所でも止めていいよ〜って特別扱いしてくれたので(^-^)かなり助かりました。ミニは皆様に愛されてましたね。
    売る時もかなり反対されましたが…

    バイクは赤信号で止まって( ̄∀ ̄)バランス崩して倒し…1人で起こせず、通りががりのおばちゃんに手伝ってもらった経験がありますけど!
    その後は二度と倒さないと心に誓い乗ってました(´ー`)
    バイクの免許を取る時はハーレーに乗りたくて…でも教習所で400までしか許可が出ず。だからドラッグスターにしたんですけど、やっぱり起こせず…あははは
    楽しい思い出です。

    by
    ちびたの母さん
    ちびたの母さん 2019.03.18
  • ちびたの母さん、コメントありがとうございます。

     ちょうど97年に千葉の三和自動車にトルクチューブ交換の重修理にいれたとき、工場にミニクーパーが溢れ返っていたのにぴっくりしてしまいました。

     ちょうどその当時、ポルシェ専業だった三和自動車がミニの代理店も始めたころだったのですね。年末にポルシェジャパンの営業開始で三和自動車もポルシェの正規輸入権を喪失することになっていましたし。

     ミニと言えば鬼才サー、アレック・イシゴニスが作り上げた傑作でしたがイメージ的にはMr.ビーンかしら?(笑)

     よくも悪くもFFの癖が強すぎる車なので、どアンダーステアに恐れをなして、また英国製エンジンをなだめすかす根性も無くてハンドルを握ることがありませんでしたが。今となっては残念!

     ドラッグスターはスティードに輪をかけて一回りくらい大きかったような印象がありました。スティードもホイールベースが長いので、2車線道路でUターンさせようとして切れ込み、倒してしまうことなんかもあったのですが、200キロ超えの車体って重いと思った事ありませんでした?

     70年代の荒ぶる時代のカワサキ車。Z2登場まで基本設計が??というものがありましたが、その未完成さと完全調整したときのとてつもない潜在能力が魅力的でした。今やプレミアムが付いてとても手が出ない存在ですが、昔からZ2よりもH2に憧れてましたね。乗っていたのはS3のKH400でしたけど。

    by
    じぇいかんさん
    じぇいかんさん 2019.03.17
  • こんにちは。
    私よりうわてがいたわ…と感じコメントを書かせていただきます。
    ポルシェとは比べ物になりませんがミニクーパーを97年より20年乗りました。あちこち壊れても専門店があり、直せますから乗り続けることは可能だったのですがマニュアルに疲れて売りました。
    その時代でもポルシェは買えませんでしたよ( ´ ▽ ` )

    一時期はバイクだけでいいかと思ってヤマハのドラッグスターを乗っていたのですが、バイクは危ないから‼︎と周囲に猛反対されミニに変えたのです。
    じぇいかんさんはカワサキ党だったようですからよほどバイクがお好きとみえます。ステキですね。

    ミニは燃費まずまずでしたが、修理費は絶えず付きまといますし、税金も増すばかり、時代には逆らえないという事でしょうか…

    じぇいかんさんのログを見て、いい時代もあったなぁと思い出すキッカケになりました。ありがとうございます。

    by
    ちびたの母さん
    ちびたの母さん 2019.03.17
  • おちゃちゃまるさん

     確か湾岸戦争のあたりで原油が高騰し、ガソリンの値段が一時的に140円超えたような記憶がありますね。28年前くらいでしょうか。

     その後湾岸戦争後の生産枠の拡大で原油も値段が落ち着き、安値安定に移行したかも。

     それにしても今よりはぜんぜん安かったので燃費の悪い車もそれなりに維持できたのですがね。今は燃費の悪い車は致命的です。

    by
    じぇいかんさん
    じぇいかんさん 2019.03.16

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